ついでに買ってきて

昼に「ちょっとコンビニ行ってくるわ」と周りに言って外に出ると、しばらくして少し年下の後輩から電話がかかってきた。
「もう買い物済んじゃった?」
「まだ店に着いとらんわ」
「よかったー、ついでに煙草を買ってきて」
「おれはおまえのパシリか(呆)、まあ別にええけど(苦笑)」
みたいな感じで答え、銘柄を訊き、「二個ね」と言うので「わかった」と返事をして電話を切った。

後輩といってもガチガチの上下関係はなく(自分がそういうのは嫌いだから)、人前ではそれなりにいろいろと弁えた態度で接してくるけれど普段はまあ友達みたいな感じ。こちらを呼ぶ時も苗字にクン付けだったり名前の上半分にちゃん付けだったり、それなりの節度は持ちつつの砕けた関係(といってもタメ口はきかないので、こっちに対して呼び捨てとか「お前」呼ばわりとかはない)。分かりやすいかどうか不明だけれど、芸能界だと木梨とヒロミみたいな感じ(敬称略)。歳の差も似たようなもんだし。

で、そんなことはともかく、コンビニで自分のための飲み物と雑誌を買い、煙草を追加したのだけれど、値段を見て(マジか?)と思った。というのも自分が知っている煙草の値段よりざっくり「倍」で、高くなっていることは知っていたけれど、思っていたよりも高くてビビった。煙草二個で約千円かよ、と呆れながら、自分が吸っていた頃なら四個買えたぞ、と思った。

自分がタバコをやめてどれくらい経つかちょっと正確にはわからないけれど、多分そろそろ十年くらいにはなるかもしれない。タイミングとして覚えているのは、なんか煙草の値段が一気にガツンと上がった時の半年くらい前だったと思う。きっかけは、別に健康のためとか金欠とか来るべき値上げに備えてとかではなく、当時歯医者へ集中的に通っていて、極度の嘔吐反射を少しでも和らげるため(先生に「煙草をやめるといいかも」と言われた)と、徹底的に歯を直していたので完了したらもうヤニで汚したくないと思ったから。そのため、個人的にはかなり切実な動機だったので、もちろんやめる苦しみは相当あったけれど、挫折することなくスッパリとやめられた。ただ、煙草をやめても嘔吐反射を抑える効果は全くなかったし、いうまでもなく壮絶な精神的なストレスがあった。でもなんとかガムとキャンディとフリスクで乗り切った。最も有効だったのがガムだったと思うけれど、一時期なんかボトルで持ち歩いていた。ニコチンは麻薬みたいなものという依存の感覚があるかもしれないけれど、それでも覚醒剤なんかとは違うから、気合でなんとかなる。自分の場合は吸いたいという欲求が湧いてくる度にガムを口に放り込んでクチャクチャと噛み、気を紛らわせていた。

それでもよく「禁煙に成功」という言い方をするけれど、自分の場合そういう感覚はあまりない。結果をみればそうなのだろうけれど、まず「禁煙」というワードに違和感を覚えるから。別に煙草を禁じたわけでなく、単に吸うことを「辞めた」だけなので、敢えて言葉を当て嵌めるなら「辞煙」か「止煙」か、或いは、タバコという存在が自分から消えただけなので、ちょっと違う意味と同じになってしまうけれど漢字としては「消煙」。

因みに辞めた当初は周りで吸われると自分も吸いたいと思ったものだけれど、今はもう全くそういう風には思わない。自分の周囲にはまだけっこう喫煙者がいるので、それを誘惑と感じるなら環境的にはかなりヘビィだろうけれど、辞めた当初ならともかく、今はもうなんとも思わない。別に吸いたくないし、吸われても気にならないし、場面によっては、元喫煙者であることを棚に上げて(臭いから吸うな)と感じることさえある。

おそらくここまでの境地となると、一本くらい興味半分に吸ってみても今更もう喫煙者に戻ることはないだろう、とほぼ確信に近いものがあるけれど、吸いたいと思わないから吸わない。ただ、どうしても断り切れないとか特殊な事情でもしも吸わなければならない羽目になっても、たぶん一回くらい吸ったところで特に問題はなさそう。とはいえ、たとえ吸っても以前のように「美味い」とは思わない気がする。寧ろ(不味っ)と思いながら咽せそう。

しかし一個だいたい五百円前後なんていう煙草の値段を目の当たりにすると、「煙草をバカバカ吸ってる奴って金持ちなんだな」と思ってしまった。仮に以前の自分のように一日一箱ペースだと、一箱五百円として三十日で一万五千円も煙に消えてしまう。これは、もう完全にタバコと縁を切っている自分的には、なんとももったいない。一年にしたら約二十万。ワイハへ行ける。

ま、ストーンズのキースもタバコをやめたらしいし、別に他人に強制するつもりは全くないけれど、やめられる人はやめたほうがいいのかもしれん、とは思う。