完結しておけばいいのに

最近またお水の女の子に貢いで捨てられて逆恨みして殺しちゃった人がいてニュースになっていたけれど、この手の事件の登場人物たちとその構図に於いては「どっちもどっちじゃね?」的なことが絶対言われる。まあそれはそうかもしれないけれど、こういう話を聞くと、やっちゃった側の男に対しては、何も殺さなくてもブッ飛ばすくらいにしておけばいいのに、といつも思う。いくら憎くても、もう散々カネを巻き上げられてダメージを負っているのに更に殺人罪を食らってムショにぶち込まれるなんて、あまりに割に合わなくないか? と。尤ももうマトモな判断ができないから、そういうことをしてしまうのだろうし、現実の人となりはもちろん知らないけれど、こういう人はおそらく、ベクトルが間違っていそうだけれども根がマジメというか変にピュアなのだろうと思う。ふつう自分が大切にしているモノを売ってまでしてカネを作り女に渡すなんて、まずしない。そして被害者である女の子の方に対しては、殺されちゃったことは気の毒だと思うけれど、キラキラしたプライベートを見せびらかさず、狙うにしても相手の性格や属性はちゃんと見極め、あんまり欲はかかず生かさず殺さず上手くやればよかったのに、と思う。ただ、男と女のことは当事者同士でしかわからないことが多いから、他人があまり具体的にどうこうは述べないほうがいい。野次馬は裁判官ではないのだから。

ちょっと前には吉原の泡姫も殺された。この犯人の客も、おそらく身の丈に合わない額を嬢に注ぎ込んでいそう。で、こういう事件の共通点は、殺害方法がたいていメッタ刺し。もう犯行動機としては「可愛さ余って憎さ百倍」がメルトダウン状態に陥った『怨嗟』しかない感じ。だから後先も損得も無視というかそういう考えすら浮かばないくらい極度の視野狭窄に陥ったまま頭が沸騰しまくった状態でぶち殺してそう。個人的に、客としてのお水やお湯の女の子との関係は、代金を支払った範囲内で完結しておけばいいのに、と思う。ちょっと冷静になって考えれば、そもそもがカネでなんとかなる女なら、そんな女は世界にひとりではなく他にいくらでもいるだろうから、ダメっぽくなった時点で「今回は失敗」と潔く諦めいったんリセットして気分を切り替え、さっさとRPG感覚でまた別の女の子に行けばいい。カネの切れ目が縁の切れ目で切れた女の子をカネなしでもう一度振り向かせるのは不可能。だから最初から互いにプライバシーには立ち入らないほうが楽。たいしてカネもないのにお水の綺麗どころに対してお大尽やパトロンを気取るのはやめておいたほうがいい。そのうちに破綻することが目に見えている。そもそも「嫉妬」という感情が犯人側にあったなら、それがおかしい。嫉妬なんてものは、あくまでも相思相愛というか対等の関係ではじめて芽生える感情。一方的の場合には残念ながら「嫉妬」という概念は存在せず、そんなものは単なる「逆恨み」に過ぎない。

自分はそんな感覚なので、色恋営業に引っ掛かって貢ぐオッサンの心理は理解できない。尤も自分の場合は残念ながら先立つものがないので、貢ごうと思っても貢げないし、むしろ逆に貢いでもらいたいというか、食わせてもらいたいタイプなので、そういう女の子の的になることはないし、大前提としていくら美人でも色恋かけてくるタイプには一ミリも惹かれない。というかそもそも、普段の暮らしの中でぜんぜんモテない男が、煌びやかな夜のお店に行っただけでいきなり若くて綺麗な子から言い寄られるなんて、おかしいと思わないのか? と不思議に思う。まあだからこそ楽しくてハマってしまうのかもしれないけれど。尤もこのへんは、国外でハニトラに引っ掛かる政治家や役人も同じ。ふだん同胞にすらモテないお前らがモデルか女優みたいな綺麗どころの外国人にモテるわけがないだろうw という簡単な話。

基本的に、フー系でオトコを手玉に取れる女の子は見た目が良いのは最低条件として、たぶん気質にエシカル・ノン・モノガミー的なものがあって、その中でもオープン・リレーションシップ感がベースにあり、プライベートと店は完全に別、みたいな感じで淡白に割り切っていて、そのうえで上手く客を回せる子たちだと思っているので、一般的なモノガミーの男が、タチウチするのは無理だと思う。男の側も極端な話、ポリアモリーとかオープン・リレーションシップ傾向のある人間でなければ、その恋路の先には悲劇しか無い。既に何人も愛人がいるとかカミさんや本命の彼女とは絶対別れないけど遊ぶとか、そういう気質でなかったら、お水やお湯の女の子には手を出さないほうが無難だと思う。店内だろうが店外だろうが、男も女も、客もキャストも、双方が「遊び」と割り切っていないと、まあ拗れる。そして何より女の子の方も、相手の懐具合を考慮して適度に毟るべき。無理してカネを作ってくるようなオトコ、しかもストーカー気質のあるようなオトコをターゲットにし、カネは極限まで搾り取りながらろくにヤラせなかったら、ヤバいに決まっている。逆に言うなら、カネをホイホイ貢いでくるようなオトコは、適度にちゃんとヤラせて、引っ張るにしても首を括らない程度にしておけば、そのまま上機嫌で貢ぎ続けるはず。昔から日本にはこういう言葉がある、『窮鼠猫を噛む』。追い詰められた人間は何をするかわからない。だから追い詰めないことが、うまくやるコツ。

もちろん、全部の夜職の女の子が海千山千だと言っているわけではない。中にはお客さんとして出会った男と損得勘定抜きで本気の付き合いになる場合も、もしかしたらあるかもしれない。だけれども、少なくとも金銭を支払う必要のある場所から始まる恋愛に、カネを払った男の側からどっぷりハマって入れ込んでいくのはマズい。というか、そもそも「好意を寄せてる」的ムードを見せてくる女の子と会うのにいちいちカネがかかる時点で「ん?」と気づくべきだし、色恋営業を「遊び」として楽しめる人以外は、近づかないほうがいいと思う。尤もそういう余裕のあるオトコは、逆に露骨すぎる女は適当に遇らって、相手にしないかもしれないけれど。

ま、根本的な問題として、自分は下戸で、女の子のいるお酒の店にはきほん行かないので(もし行くとしたら「付き合い」限定で、更に金主がいる時だけ)、突き放して考えられるだけかもしれないけれども。男って単純でバカだから、酒が入ると妙に気が大きくなってしまう。自分は酒がほとんど飲めないので、自腹でキャバとかはありえない。何が楽しいのかわからないし、どうせカネを出すならお水より、後腐れのないお湯の方がよっぽどいい。そっちの方が確実に払った分のリターンがある。ただし、仮にお湯系へ行ったとしても、もちろん完全に「遊び」と割り切る。外でも会おうなんて一切思わない。だいたい、こんなことをフェミ全盛の時代に公言するとフルボッコされるかもしれないけれど、高いカネを払って触れもしないなんて何が良いのか、個人的感覚では理解不能。まあ酒呑みからしたら、若くて綺麗な女の子と一緒に飲めることが楽しいのかもしれないから、それならそれでぜんぜん否定しない。本人がそれで楽しめるなら他人が文句つけることではない。結局のところ、何でもホドホドのところでやめておけばいいだけ。

ところで、話はぜんぜん変わるけれど、世間的にはもう終わった感がある各種コロナ対応だけれど(手指消毒を撤去してる店とかも増えてきているし)、大学病院は違って驚いた。このまえ行った時、広い待合室にいたら、別の診療科だったけれど、どうも患者がコロナ陽性だったらしく、直ちに隔離され、先生も全盛期と変わらない防護服を着ていた。まあコロナに限らず、どんな問題もメディアが報じなくなれば「なかったこと」になっていくのかもしれないけれど、久々に感染症対策最前線を見た気がした。

しかし大学病院にかかっていると、あんがい利点はある。何せあらゆる診療科があるから、定期の通院の際に、主治医に別の診療科の症状を相談すると、たとえばぜんぜん関係ない眼科とかでも「最近ちょっと眼が変な感じで」みたいに言うと「どうしたの?」と訊かれ、症状を説明すると、「それは一応いっぺん診てもらったほうがいいかもね、診てもらう?」みたいに訊いてくれて、「はい」と答えると、とりあえず診察が終わってからコンピュータでちゃっちゃと眼科の空いている日と時間を調べて紹介で予約を取ってくれるから、ありがたい。診察券一枚で、あらゆる診療科にかかることができる。院内で回されるだけだからバカ高い初診料もかからないし、カルテは共有されているから別の診療科へ行ってもいちいち細かい説明をしなくて済むし。尤も予約は取り合いみたいなもので常に混んでいるから「この日にして」とか指定は難しく、空いている日時を先生が調べて「この日でいい?」と訊かれる感じでしか決められないけれど。つまり今日言って明日とかは絶対無理。MRみたいな各種検査もそうだけれど、超緊急案件でもない限り最短でも三週間から一ヶ月くらいは先になる。それでも最近、行きつけの歯医者が廃業してしまって、いま虫歯はないからいいけれど、「もしもの時は歯医者も紹介してくれますか?」と訊いたら、あっさりと「いちいちここまで来るのが面倒でなければ、いいよ」と言ってもらえた。しかし「肩こりで整形外科にかかってトリガーポイント注射とか打ってもらえますか?」と訊いたら、「こういうところの整形でそういうのはやってないから、打ちたかったら町医者だけど、あんなの効くの?」と逆に訊かれ、「いや、知り合いは効いたって言ってましたけど」と答えたら、先生は「へえ」と言っていた。

唯一の基準

「こいつは信用できん」と判断する唯一の基準が、自分にはある。他にも信用できない基準はいろいろあるかもしれないけれど、とりあえずひとつは明確にある。

それは、必要以上に、ある面では嫌らしいというか厭味というか、逆に不遜な感じすら受ける「ホニャララさせていただく(いただきました)」という言い回しを使う奴。

もちろん正しく適切に使う場合は問題ない。たとえば、目上の大先輩から可愛がられて仲良くしてもらっている時に、人から関係性を訊かれて「親しくさせていただいています」みたいに使うなら、その言い回しで「信用できん奴」とはまったく思わない。こういうのは当たり前の使用法。

そうではなく、ふつうに「しました」で済むところで「させていただきました」と言う奴を、自分は人としてイマイチ信用できない。もちろんこれはあくまでも個人的な感覚なので、気にならない人を否定する気はないし、使いたい人は好きに使えばいいし、使用者本人にわざわざ「おまえは信用できない」と告げるようなことはしない。心の中で密かにそう思うだけ。いずれにせよ自分は、口や態度には出さないけれども、たとえば「寄付させていただきました」とか「立候補させていただくことになりました」とか「申し出をお受けさせていただくことになりました」とか、こういう風に妙に謙って言う奴は、きほん信用しないことにしている。必要以上に謙遜して言うのは、寧ろ逆に不遜に聞こえるし、実際こういう連中の多くはそう言いながら本心ではぜんぜん自分のことを謙遜なんかしていないと思う。まあ、自分が捻くれているだけかもしれないけれど。

それでも、そもそも前述の例なら「させていただく」なんて使わなくても、「寄付しました」「立候補することにしました」「申し出を受けることにしました」で充分。遜る必要なんか全くない。

あと、個人的にいちばんウケる言い回しが「ボランティアに参加させていただきました」的な言い回し。これはもう「ボランティア」なんて「寄付」とほぼ同じカテゴリの「布施」なので、変すぎる。つまり「布施行」はもともと他人のためではなく自分のためにするものなのだから、「させていただく」のが当たり前であって、「させていただいた」なんて公言したら価値大暴落。どうしても公表したいなら「ボランティアに行ってきました」に留めておいたほうがいい。

こういうことを言うと、逆に「面倒くせえ奴」と思われるかもしれないけれど、「させていただく(いただいた)」マンはどうしても信用できないのだからまあ仕方ない。ただ、中にはとくに拘りなどなく単なる丁寧語みたいなもののつもりで「させていただく」を使ってそうな人もいるみたいなので(正しくないけれど)、一概に使っている人全員を「信用できん」と切り捨てることはできず、そういう一部の人らに関しては他のファクターも参照しながら包括的に見て判断しなければならない。なので、正確にいうなら、「させていただく」マンは「ほぼ」信用しないことにしている、という感じ。

もちろん、そんな自分だから、正しい使い方の時と、わざと冗談として小馬鹿にする風味で使う時以外は、絶対に「させていただく(いただきました)」は、気持ち悪いので、使わない。

というか敬語(尊敬語・謙譲語・丁寧語)は使い分けがけっこう難しくて、用法を間違えると馬鹿だと思われるので、よほどの相手(絶対に尊敬語を使うべき相手)以外は、最初から「です」「ます」の丁寧語を使っておいた方が無難だと思う。たとえば、有名な例だけれど、相手の名前を確認する際などに「〇〇様でこざいますね」と「〇○様でいらっしゃいますね」みたいに、実は使うべき相手の属性が決まっていて、違いが明確にあるので気をつけなければならない言い回しがある。これを間違って使うと、細かい人には馬鹿認定されてしまうので、この場合でも間違った使い方をするくらいならはじめから「〇〇様ですね」と丁寧に言っておいた方がいい気がする。実際自分はまず「謙譲語」って使わない。敬語を使う時は「尊敬語」か「丁寧語」。なぜなら、「謙譲語」は嫌いということもあるけれど、基本的に細かい使い分けに自信がない。

だいたい極端な話、もしも天皇皇后両陛下や上皇上皇后両陛下とお会いする機会があったら、もう「尊敬語」しかあり得ないわけで、「謙譲語」なんか使う奴がいたら「おまえ何様や?」と思ってしまう。天皇陛下を相手に自分が謙る必要なんてないどころか、下にいることが当たり前。しかし、ちゃんとした「丁寧語」なら、たとえ相手が天皇陛下でもそれほどの失礼にはならない気がする。これが天皇陛下ではなく総理大臣だったら、大人としての最低限のマナーとして最低限の「丁寧語」では接するけれど「尊敬語」なんて絶対に使わない。遜る必要も全くないので「謙譲語」もナイ。今の総理大臣に「尊敬語」を使う奴なんて、何かしら直接的にあいつの影響下にいて、身近で下にいる奴だけだと思う。

要するに、個人的に、謙譲語はもう日本語として廃止してほしい、と思う。

美味い

最近、かなり気に入っていて、しょっちゅう飲んでいる。

『クラフトボス フルーツティー(フルーツミックスティー)』

https://products.suntory.co.jp/d/4901777375826/

イオンで安い時は98円とかで売っていて、600ml入っているのでお得。それでもって、ただのお茶より遥かに美味い。サントリーのこのシリーズはいろいろあるけれど、このフレーバーがいちばん好き。カロリーが気になるときは無糖のシトラスなんかも飲むけれど、まあこんなもんの糖質なんかたいしたことないというか一日の中では誤差みたいなものだから、ほとんど気にしない。ふだんの飲み物は水か炭酸水かゼロコーラばかりだけれど、たまに無性に飲みたくなる。

正解などあるのだろうか

と、最近、あることについて考えた。

それは何についてかというと、メントスの食べ方について。つまり、メントスの食べ方に正解ってあるのだろうか、と疑問に思った。メントスって不思議なお菓子で、時々無性に食べたくなる。で、食べたくなったら買って食べるのだけれど、いつも一粒を口に放り込みながら、これってどうやって食べるのが正解なのかしらん? と考えてしまう。

メントスって、いちおう包装紙に記されている小さな文字によると名称は「キャンディ」になっているのだけれども、ガムのような感じもあって、カテゴリがいまいちわかりにくい。そのため、食べ方もいまいちわかりにくい。ガムなら「噛む」、キャンディなら「舐める」が正道だと思うのだけれど、メントスはどちらともいえない感じがあって、どう食べることが正道なのかわかりにくい。ただ、なんとなく純粋な「キャンディ」とは認めにくい。といいつつ「じゃあガムか? キャンディじゃね?」と問われれば、「まあキャンディか」と答えざるを得ない面は否定できない。

ちなみに自分の食べ方は、最初は舐めて、ちょっと柔らかくなってきたら、「舐める」に「甘噛み」を加えつつ、口の中でコロコロと転がす。このとき、ガッツリは噛まない(ガムと違って強く噛むと歯にくっついたり、歯と歯の隙間に入り込んで舌では取れなくなってしまう)。なので、あくまでも奥歯で甘噛みしたり、口蓋と舌で圧したりしつつ、だんだん小さくなっていく過程を経て、最終的には前歯も含めて小刻みに噛み、感覚としては「口蓋と舌でぺったんこに擦り潰す」という感じで、気がつくといつの間にか消滅していて、食べ終わっている。

自分はたいていこのようにしてメントスを食べるのだけれど、これが正解なのかどうかはわからない。ただ、こう考えると、最終的には「舐め」て消滅しているので、やはりキャンディか、とは思うものの、その過程においては甘噛みとはいえいちおう何度も「噛ん」でいるのでガムっぽさもあり、一概にキャンディとも言い切れず、正しい食べ方がわからない。なんなら最初から最後まで「舐め」続けることも、「噛み」続けることも、可能といえば可能だけれども、そのように食べる人はあまり一般的ではない気がする。

それでもメントスとガムでは、明らかに違う点がある。それは、タブレットタイプのガムなんかは二粒三粒同時に口に放り込んで噛むことがあるけれど、メントスは一個しか食べないということ。まあこれは単純にメントスの方が一個が「大きい」ということもありそうだけれど。それを考えると、キャンディも同時に何粒もは食べないので、やはりカテゴリ的にメントスはキャンディか、とは思う。ただし、メントスって変な麻薬性というか軽い中毒性あるので、ついつい二、三粒は続けて食べてしまうことが多い。ガムやキャンディを続けざまに食いたくなることってまずない。キャンディは口の中が緊張などで渇いている時とか、ガムは運転中の眠気覚ましとか単なる暇つぶしとかで、続けて舐めたり噛んだりすることがたまにあるけれど、別にメントスのように食べたくて食べるわけではない。だいたいガムやキャンディを「食べる」とはあまり表現しない気がする(というかガムはそもそも食べずに最後は吐き出すし)。しかしメントスは「食べる」。

そのへんも、メントスの謎のひとつ。

弊害

地味にじわじわと痩せていくのはいいことなのだけれど、ちょっと困ったことというか、微妙な弊害もある。それは何気に指も痩せてしまい、手持ちの指輪がけっこう軒並みユルユルになってしまうこと。高くないモノならまだ諦めもつくのだけれど、クロムハーツ(といっても持ってるのは低価格帯のモノだけど)となると、流石にサイズ調整したくなる。でも、そんなことできるかどうかわからないし、また太るかもしれないし、結局、フリーサイズの細いモノと一緒に重ねづけして、なんとかするのが無難。ゴツい指輪を抑える場合は細いリング、そんなにゴツくない場合は同じくらいの幅のリングだとバランスがいい。

ググるとよく出てくる100均パーツでなんとかする方法は、クロムハーツではないモノで試してみたけれど、正直、あまりうまくいかなかった。試したのは、靴擦れ防止の透明のシリコンパッドみたいなモノを指輪の内側に貼り付けて隙間を埋める方法。この方法は、うまくカットできて、カレッジリングみたいに大きい面がある指輪ならその部分の内側に貼り付けて、着けてしまえばまあなんとかなる。しかし、外す時にたいてい剥がれてしまう。

なので、ブカブカ指輪は、余計なことをせずに、とりあえず上から別の指輪で抑える感じの重ねづけが、いちばん楽だと思う。たいていこれでなんとかなる。自分的にその際のオススメは寺とか神社とかでよく売っているお守り指輪。あれはたいていフリーサイズで細いし、そんなに高くないので、いい具合に使える。100均のモノでもいいけれど、どうせならお守りの方がありがたみがありそう。使い方としては不純かもしれないけれど、困っている人を助けるという意味で、神さまや仏さまも許してくれると思う。というか、たまたまかもしれないけれど、自分の行動範囲にある100均(DとS)ではフリーサイズの指輪をぜんぜん見ない。

重ねづけが嫌な場合は、薬指や中指でユルユルになってしまったら人差し指につける、という手段もないことはない。自分は基本的に、小指用は小指専用だけれど、その他の指輪は右手の中指か薬指につける。なので、その二本よりは人差し指のほうが若干太いので、そちらにつけると、それでも余裕はあるけれど中指や薬指よりはマシ、という感じにはなる(ただ個人的に人差し指に指輪をつけるのはあまり好きではない)。あと、たいていは微妙に利き手の指の方が僅かでも太いだろうから、たとえば右利きの人で左手の指にいつもつけている指輪が少し緩くなったら、右手につけるとマシかもしれない。

ちなみにシルバーのアクセサリーは、使わない時、綺麗に磨いた後にジップロックに入れて空気を抜いておくと、絶対ではないけれど、そのまま置いておくよりはぜんぜん黒くならない。自分はリングもネックレスもブレスレットも、全部一緒にジップロックに入れている。個別の方がいいのだろうけれど、面倒くさい。

痩せるといえば。
知り合いで糖尿の人がいて、週に一回、腹に自分で注射を打っているらしいのだけれど、そのお薬にダイエット効果があるらしい。これにはちゃんと医学的エビデンスがあって、その注射を始めてから、ほんとうにじわじわと確実に体重が落ちているらしい。羨ましい。

週に一回腹に注射打つだけで痩せるなんて楽だし、夢のよう。しかし、当然医者の診断と処方箋がいるので、自分なんかは頼んでも出してくれそうにない(主治医と話したらその薬は美容整形の医者が確保しまくっているらしい)。病気をして以来、定期的に血液検査はしているけれど、血糖値は全く問題なく、「糖尿の心配は全くないよ」と主治医にも太鼓判を押されている。自分は下戸で甘い物が好きなので、糖尿病にだけはなりたくない。アイス、ケーキ、チョコレートなど大好きなので、制限かけられると辛すぎる(なのでなかなか簡単には痩せない)。

しかし、わずかに残っているガリガリだった十代の頃の写真を見ていたら、当時は女の子と革ジャンとかシェアして着ていたな、とほんの少しだけ懐かしく思い出した。初めて買ったショットのライダースなんて、二人で着回していたけれど、だんだんこっちがデブってきて、結局キツくなって、あげてしまった。なので今持っているのは二代目。そんなことを考えていたらふと、あの革ジャンは今もどこかで健在なのだろうか、と思ってしまった。

というか、ショットの革って今いくらくらいするんだろう? とネットで調べてみたら、買えんわ、と吹いた。ショットは革ジャン二着(ライダースとフライト)とピーコがあるけれど、たぶん一生着る。

キモチワルイから

大きなお世話やんけw と思うのだけれど、たまに人から「なんでケータイはiPhoneじゃないの?」と訊かれることがある。なんで? と問われても、最近のiPhoneはアホみたいにクソ高いじゃん($1=¥100ならそう高くもないけれど)、と思うのと同時に、それより切実で大きな理由として「キモチワルイから」というものがある。

ただ、「なんで?」と言いたくなるのもわからないではない。自分は、コンピュータ関連はリンゴのマークがついたものしか使っていないし、そもそも自分用のコンピュータはMac以外選択肢にない。はじめてパーソナル・コンピュータというモノを買った時はWindowsだったけれど、Macに乗り換えて以来、もうMacを使っている期間の方がとっくに長くなった。

そんな自分だから、ケータイだけはiPhoneでないことに、親しい人が違和感を覚えてもまあ不思議ではない。とはいえ、いちおうデータSIMを差したSE2は持っている。ただ、日常的に使っているのはPixel。

これには、自分なりの明白な理由がある。ケータイはiOSよりAndroidがいいのか? とかそういう問題ではない。正直、どっちでもいい。別にiOSが嫌いなわけでも泥が好きなわけでもない。というか泥でもiPhone同様にキモチワルイ機種は多いので、Pixelも今後いつまで使えるかは不明。グーグル次第。

いずれにしてもSE以外のiPhoneが嫌いなその理由とは、人が聞いたら、バカか? と思うかもしれないけれど、カメラ。正確にいうなら、その形状。つまり、円が二つ乃至三つ、規則正しく並んでいるのが、とにかくキモチワルイ。見ていると、ゾッとする。そういう意味では泥の中華や韓国の端末にはもっとキモいものもあり、それらはiPhoneより嫌い。縦に三つとか論外だし、酷いものだと五個の円が二列で整列しているものまであって、正視に耐えない(つまりギャラクシーとか、機能やスペック云々以前に、デザインであり得ない)。いくら高級品だとしても、タダでくれると言ってもいらない(まあタダでくれるなら貰っておいて売ればいいけれど)。SEだって、よく見れば一個の円でもポツッと開いていて結構キモチワルイのだけれど、集合していないのでまあまだなんとか耐えられる。その点、今のところPixelは帯というかバーでカメラのレンズがカモフラージュされているので安心。

要するに、もしかしたら前にもどこかで書いているかもしれないけれど、自分はトライポフォビアのケが強いので、とにかく円形の集合がキモチワルイ。なので、iPhoneの二眼三眼がキモチワルくて仕方ない。ケータイって、手元に置いておくときに、たいていディスプレイを下にして置く。なので、嫌でもカメラの円形が視界に入ってゾワゾワっとする。こんな感じなので、iPhoneで写真を撮られるのも苦手。離れていればまだいいけれど、近くに寄られると「来んな、向けんな」と思う。アップルストアとか家電屋とかの大きなiPhoneの看板ディスプレイでも、わざとカメラ側を見せているので、嫌がらせか? と思ってしまう。

トライポフォビアの場合、基本的には集合体恐怖症なので、その対象はスマートフォンのカメラのような円形に限らないところが面倒くさい。世の中には、他の形状でもゾワゾワくるものが結構ある。円ではなく四角でも、実物は特に感じないのだけれど、たとえば新宿の京王プラザホテルの写真なんかは、撮り方によってはかなりヤバい時がある。身近な例だと、これは典型的な円形だけれど、クロックスの甲の面に開いているたくさんの穴。あれは相当ヤバい。履いている時とか、とにかく見ないようにしている。あとは、タピオカ屋のでかい看板。あれも見る度にゾゾゾとなるから視界に入りそうになると目を逸らして見ないようにしている。

こんな感じなので、今のところケータイはPixelを続けて使ってきているけれど、今後、グーグルまで丸目を採用しだしたら、次はもう別のメーカーに替えるしかない。何ならXperiaでもいいかとも思うけれど、ソニーも機種によって相当キモいのがあるから(全然詳しくないのでシリーズとかはよくわからないけれど)、難しい。モデルによってはアホみたいに高いものもあるみたいだし。それでもまあ、泥なら泥で、どうせなら独自改変されていないPure Androidがいいので、やはりPixelがいいという気持ちはある。因みに泥の機能としては、画面を分割できるのがいい。上半分にブラウザ、下半分にメモアプリ、みたいな使い方が普通にできて、これはシンプルに便利。iPadは2画面を並べられるのに、なぜiPhoneでは未だにできないのか、これは不思議。あと、端末の良し悪しや好き嫌いとは直接関係ないけれど、Pixelの明らかなマイナスポイントは、イメージキャラ。なんでアイツなのか不明。もっと他の奴はいないのか? と思う。

それでも、ひとつだけ言えるのは、機種変というか別端末へデータの移行をするならiPhoneのほうが絶対に楽ということ。iPhoneからiPhoneとPixelからPixelを比べたとき、手間がぜんぜん違う。この点だけは絶対的にiPhone優位。というかiPhoneは楽すぎてレベルが違う。他人に訊かれたら絶対にiPhoneをおすすめする。

それはともかく。
これまではケータイって一括で買い切っていたけれど、なんか次はもう月千円くらいの、実質二年レンタルでもいいような気がしてきた。実際にキャリアのサイトを見ると、回線を維持する機種変でも、それくらいでPixel8や型落ちのiPhoneなどが手に入り、なんか一括で買ったのがアホくさく感じる。といっても、「月1円、2年で24円」みたいなのは、MNP限定で、更に、クソ高い別キャリアのプランと抱き合わせになるだろうから要らんけれど。自分の使い方だと、家にMaciPadがあれば、ケータイなんか何でもいい。尤も今の端末のバッテリーがヘタるか壊れるかするまでは替える気なんかないけれど。というかスマートフォンiPadって、バッテリーはヘタるけれど、壊れたことって一度もない。

ここ最近

近年最高レベルでテレビを観ている気がする。相変わらず自分の中の韓国ドラマブームが続いていて、今年の初め頃から観始めたドラマ群(「ファントム」や「マッド・ドッグ」など)は終わったものの、新たに「ジャスティスー検法男女ー」「浪漫ドクター キム・サブ」「ミッシング ~彼らがいた~」などが始まっていて、途切れることがない。尤も自分が観ている韓国ドラマはどれも旧めではあるのだけれど、これまで全く観ていない自分的には新鮮なので、面白くて仕方ない。もう終わってしまったけれど、「ペガサスマーケット」なんて、ふつうならまず観ないジャンルなのに、かなり楽しめた。後枠の「ガウス電子」もめちゃくちゃ面白い。

というか、とにかく単純に、韓国ドラマは女優さんがみんな美人なので、ひたすら眼福。たとえお直し済であったとしても、どのみち画面越しに見るだけだから、別に関係ない。「ペガサスマーケット」も、チョ代理役のチョン・ヘソンが美人で可愛すぎた。今観ている「キム・サブ」に出ている ソ・ヒョンジン、「ジャスティス」に出ているチョン・ユミ(カタカナ表記だと同業で同名の人がいてややこしいけれど)もくっそかわいい。

韓国ドラマなんて一昔前の「冬のソナタ」の頃に「オールイン」や「天国の階段」や「ホテリアー」などを観ていたけれど、その後ぱったり観なくなってしまったから、そのへんで時間が止まっている。なので、今BSで放送されているちょっと古いドラマでも、自分的には新しくて、面白く観られる。ただ、これは前にも書いた気がするけれど、韓国ドラマはどれも吹き替えではなく字幕なので、韓国語なんて何を言ってるのかさっぱりわからない自分には「ながら見」ができず、時間を完全にテレビに取られてしまう。「アニョハセヨ」「ケンチャナ」「アゲスミダ」「アラッソヨ」くらいしかわからないから、ずっと画面を見ていないとすぐ話についていけなくなる。

そして、何より。

これら韓国ドラマに加えて、ちょっと前からBS日テレで「あぶない刑事」が月金で始まってしまったから、こちらも毎日録画して観ているため、もうレコーダーが大変なことになっている。

それにしても、やっぱり「あぶない刑事」は面白い。放送時はまだ免許が取れる年齢ではなかったので、「カッコええ」と思いながら見ていたクルマがいろいろ出てくるし、これくらい時代が前になると街の景色自体を楽しめる。しかし、430やY30のセドグロは流石に古臭く見えるのに、レパードの格好良さは異質。しかも、今更ながらの発見もあった。それは、最初の頃はダンディ鷹山もセクシー大下もトオルのことを「町田」と呼んでいたこと。イメージではいつも二人とも「トオル」呼びなので、なんか変な感じだった。それと、自分でも意外だったのだけれど、話をぜんぜん覚えていない。オープニングや、エンディングの「冷たい太陽」の映像なんかは完全に記憶のままなのだけれど、エピソードに記憶がない。そして、やっぱりこの頃の浅野温子は超かわいい。そのへんの女人とはレベルが違う。

あと、ドラマとはぜんぜん関係ないけれど、たいして期待せずなんとなく録画しておいて観た「すずめの戸締り」が想像以上に良かった。ただアニメなんかほとんど見ないし、まったく詳しくない自分的には、ジブリ感が強いというか、この人の映画は初めて観たのだけれど、たぶんめちゃくちゃリスペクトしているのだろうな、とは思った。いろいろな場面で、(千と千尋か?)とか(もののけか?)とか(ナウシカか?)とか、ついそう思ってしまうくらいオマージュが凄かった。

(敬称略)