想ヒ出補正

先日、実家の自室の押し入れの中を暇つぶしに漁っていたら古い写真が適当にぶち込んであるスニーカーの箱が出てきた。今みたいにデジタルではなくいちいちプリントしていた頃は、よほど特別な写真でない限りアルバムには貼らず、スニーカーの空き箱にネガと一緒に入れて保管していた。だからそんな箱がいくつかあり、その中の一つを開けてみた。

すると、実質的に初恋といって差し支えない相手の女子の写真が出てきた。別にこの子でオトコになったわけではないけれど、自分の中ではけっこう特別な存在。というのも、以前チラッと書いたと思うけれど、初めて女の子と泊まりの旅行で京都へ行った相手だから。どうやらその子がうちに、親が留守の時に遊びにきて、そのときに撮った写真のようだった。しかもその何枚かの写真はカラーではなく、わざとセピア色で現像されていた。おそらく白黒のフィルムで撮ってカラーで現像したのだと思う。そういえば一時期、そんなことをしていた記憶がうっすらとある。

ただ、アホみたいに若いというか幼すぎる自分たちの姿はめちゃくちゃ懐かしかったけれど、こんな写真は全く記憶になかった。撮ったときの状況はおろか、どうして撮ったのかも思い出せなかったし、撮ったという事実すらぜんぜん覚えていなかった。背景が自宅だから間違いなくうちで撮ったのだろうけれど、昔の写真のわりに日付が入っておらず、二人とも長袖を着ていたから、どうやら季節は秋のようだということがわかるくらいだった。

それでもこの写真を見た瞬間、(ん?)と思った。というのも写真とはいえ彼女の顔を見たのがン十年振りだった(彼女に限らず昔の写真なんてまず見ない)ということもあるかもしれないけれど、時間が止まったままの自分らを見て、軽い違和感を覚えた。そしてその違和感の正体は、簡単に判明した。

はっきり言って、当時の自分は彼女のことを「自分が理想として思い描く女の子がそのまま目の前に出現した」と感じたくらい完璧にタイプだったし、究極の美女だと思っていた。芸能界に入ってもやっていけるんじゃないか?とさえ思っていた。要はベタ惚れだったわけだけれど、その感覚は今でも殆ど揺るぐことなく残っている。

しかし久々に写真を見て、(あれ?)と思った。彼女は、確かに今見ても四半世紀以上前の女子のわりにふつうにかわいかった。ただ、究極の美女というほどではなかった。ぶっちゃけて言ってしまえば、べつにそれほど特別なレベルの美少女ではなく、ふつう以上の可愛さではあったけれど、これくらいならまあ他にもいるんじゃないか? と思ってしまった。もちろん、その隣にいるクソガキの自分も田舎のチンピラみたいで全く垢抜けておらず酷いものだったけれど。

つまり高校生の頃の甘すぎる恋愛体験には、どうやらそうとう強力な想い出補正が作用しているらしいことが、はからずも判明してしまった。

正直いうと、向こうはどうか知らないが、時々(今どうしてんだろ?)とチラリと思うことはある。ただ完全に関係は切れていてどこで何してるのか全く不明だし、生きているのか死んでいるのかもわからないし、ちょっと特殊な出会い方をしていて属するクラスタが全く違っていたから共通の友人や知人というのが一人も存在せず、リアルの人間関係から辿ることは不可能。この辺が他の過去の女子と違う。この子以外は、今でも知ろうと思えばたいていはなんとなく動向が漏れ伝わる。中にはふつうに友達関係みたいになっているのもいる。そういう意味でこの子は完全に切れているから、とくにふと思い出してしまうことがある。

今のご時世、もしかしたらSNSで探せるかもしれないけれど、世代的に本名でやっているかどうか微妙だし、自分だってSNSはやっていないから探されることは無理。だからネットで向こうを探せるかどうかわからんし、そもそもそこまでする気はない。というのも、お互いもういいオッサンとオバハンになっているし、しかも彼女は年上だし、多分お互いに思い出は思い出のままの方がいいだろう、と直感的に思うから。まあこっちはまだそのへんの中年オヤジみたいにハゲていたり腹が出ていたりはしないけれど、さすがに十代の自分に太刀打ちはできない。そしてその辺の感じは多分向こうも同じだろうと思う。もしかしたらなかなかの美熟女になっているかもしれないけど、なっていないかもしれない。

というか単純に、今更会ってもどうしようもない。もしも何らかの配剤で再会してしまったら、間違いなくどこかで誰かを傷つけてしまう間違いが起きるだけで、面倒くさそうな景色しか想像できない。この手の再会は、たとえ単発に過ぎなくても、たいてい焼き木杭に火がつくものだから、やめておいた方が無難。逆に、火がつかないのも、それはそれでなんかアレなので、やはり近づかない方がいい。