イヤナキオク

心地の良い春という奇跡のような季節は一瞬にして過ぎ去り、だんだん蒸し暑くなってきた。そしてこの時期、いやでも思い出してしまうのが、熱中症の初体験。散々いろいろなところで喋っているので、たぶんここでも書いていると思うけれど、忘れもしない初体験は、梅雨時の激しい雨が降る蒸し暑い夜だった。その時は、まだ熱中症という自覚がなかったため、単なる体の異常な状態を体験したという感じだったのだけれど、後から、あれは熱中症だったのだな、と知った。あの時の失敗は、大汗をかいて帰宅したので、そのまま熱いシャワーを浴びてしまったこと。あれで一気に死にそうになった。今なら、熱中症の時に熱いシャワーや風呂は厳禁といえるけれど、あの頃は何の知識もなかった。それでも一応、人間は失敗から学ぶことのできる生き物なので、あの大失敗のおかげで以後は、ダメージをなるべく抑えるための対処ができるようになった。

しかし人間というのは、同時にそうとう執念深いというかしつこい生き物でもあるので、あの最初の時の嫌な記憶が全く消えない。消えないどころか、蒸し暑さを感じると、その湿気の感覚がスイッチになるように、記憶が蘇ってくる。なので、もともと蒸し暑いのは大嫌いなのに、熱中症に対する恐怖感みたいなもののせいで、余計に嫌いさが増している。

ただ、良い面もある。それは熱中症になりかけると(あ、ヤバいな)とわかること。実際、そういう経験は何度となくある。しかし、上手く回避できることもあれば、そのまま気分が悪くなってしまうこともあり、こればかりは結果の分岐の法則が自分でもわからない。

因みに自分は熱中症に限らず、(ヤバそう)と感じた時は、デパスを飲む。自分の中で熱中症は自律神経の激しい乱れやパニック発作みたいなものだという認識なので、とにかく気持ちを落ち着けることが先決となる。ふだんなら瞑想したりメディテーション系の音楽を聴いたり、そういうリラックスするための方法も有効だけれど、咄嗟の場合はそんな悠長なことはしていられないので、クスリに頼る。というかもともと自分はパニック発作持ちなので、自律神経の乱れには敏感。発作が起きると、壮絶な窒息感に襲われて息ができなくなる。全身が硬直し、喉が詰まった感じになって、締め付けられ、マジで死にそうになる。こうなったら、もう何をやってもダメなので、落ち着くのを待つしかない。一度、歯医者でなって、死ぬかと思った。尤も歯医者の場合は、嘔吐反射の恐怖というわかりやすい理由があるので、最大級の警戒モードで行ったつもりなのだけれど、ダメだった。その失敗以来、歯医者は予めデパスを多めに飲んで挑むようになった。診療台に上がった時にはラリっているくらいの状態になっているよう時間を逆算して飲んでいく。というか、人前で発作を起こしたことってほとんどないので、あの時は焦った。ちなみに歯医者の予約は常に夜の部の最終、しかも他に人かいると余計に緊張するので、待合室にも自分以外の患者がいない日を指定していく。先生もわかっているので、ちゃんと他に人のいない時間に入れてくれる。

ただ、歯医者はともかくとして、ヤバそうになることは人前でも結構ある。そういう時は「おまへシャブ中か?」と茶化されるくらい大汗をかくし、全身の筋肉が硬直して、吐き気や眩暈に襲われる。いわゆる典型的な症状が出る。しかしまず発作まではいかない。その前の段階でなんとか抑え込む。発作はひとりの時に一気に窒息感まで持っていかれる感じで、制御不能。意外かもしれないけれど、べつにストレスとは無縁と思われる朝の寝起きの時とかが多い。

まあ自律神経失調症パニック発作に関しては子供の頃からで昨日今日のことではないし、べつにこれといって積極的に治療しているわけでもないし、半ば諦めているというか、そういうものだから仕方ない、と思っている。克服したいとも思っていないし、克服できるとも思えない。ここまできたらもう付き合いが長すぎて、共存する道を探ったほうが早そう。というか考えてみると、自律神経失調症はずっと言われていたけれど、パニック障害を意識するようになったのは、だいぶ大人になってから。テレビとかで芸能人なんかがカミングアウトしているのを見ても、大変そうだな、と他人事のように聞いていて、しかしその内容を調べてみると自分の症状と全く同じで、(なんや自分、バリバリのパニック障害やんけ)と認識した。こういう後から知る感じは熱中症と同じかもしれない。

それはともかく、とりあえず、気持ちがザワザワして嫌な感じになったとしても、今のところ、こそっと人に隠れてデパスを飲めば、なんとかなっている。ただデパスも、もとはといえば肩こりの緩和のためにもらっていて、今でも基本的にはその用途でもらっていて、べつに安定剤として常用しているわけではない。たまたま安定剤としてその効果が劇的なので、酷い時に頓服で使っているだけ。なのでデパスを知らなかった頃は、たまに気持ち的におかしくなることがあっても、自分がパニック障害だという自覚もなかったので、薬は特に飲んでいなかった。たまにばあちゃんが医者でもらってくる入眠のための弱い安定剤や眠剤横流ししてもらって飲むくらいだった。ただ、デパスもかなり有効な薬ではあるのだけれど、眠剤とかと一緒で効かないときは全然効かないから安心はできない。

自分の場合、恐怖心を抱く対象が比較的わかっているというか、(ヤバいな)と感じるであろう状況がだいたい把握できているので、まだ対処しやすい。恐怖心の対象は、閉所、狭い場所、乗り物酔い(とくに船)、歯医者(嘔吐)、このあたり。これに最近は熱中症が加わっている感じ。

変わった対象としては「暑い場所」というのもある。一度、本当にヤバくなりかけたことがあるのだけれど、サイゼリヤに入ったら、冬場だったのだけれど、暖房が効きすぎていてやたら暑く空気の流れの悪い席に案内されて、ほんの数分でおかしくなってきた。その時は人と行ったのだけれど、嫌な汗が大量に噴き出てきて止まらなくなり、肩が凝ってきて、これ以上はまずいと判断し、事情を説明していったん外に出て、寒風吹き荒ぶ中、冷たいジュースでデパスを飲み、なんとか事なきを得た。べつにそのときのサイゼリヤに限らずこういうことはままある。経験者ならわかると思うけれど、症状が収まると、汗もピタッと止まるし、驚くほど楽になる。なのでその時も、店に戻ってメシは食べられた。まあ食べ物屋さんに限らず、とにかく密閉された空間で暖房が効きすぎている状態は、たいていヤバい。こんな感覚なので、たぶん冬場の自分の車の中って、他の人の車の中よりかなり寒いと思う。寒い日はもちろん暖房を入れるけれど、設定温度が人より低いだろうし、場合によっては窓も開けるので、しばしば苦情が出るけれど、こればかりは譲れない。逆に冷房は春先のそれほど暑くもない時期からガンガンに入れる。これも「ちょっと寒い」という苦情が出るけれど、却下。なんというかすぐに体が熱ってくるので仕方ない。おそらく体温調節機能が恐ろしく出来の悪いグレードの低い体なのだと思う。

あと、人に言うとほとんどが「バカか?」という反応だけれど、テレビとかでスキューバダイビングをしている人の映像を見るだけでも発作が起きそうになる。これは嘔吐反射の恐怖心がレギュレーターとかシュノーケルを咥えている映像から連想されて吐き気がしてくる。なので、絶対にダイビングはやれないし、そもそもシュノーケリングさえできないし、やったことがない。とにかく口の中にモノを「入れる」とか「咥える」とかに拭い難い恐怖心がある。なのでステーキとか食うときでも、かなり小さくカットして食べる。大きく切ったまま口に入れると、オエッとなる。また、歯医者じゃなくても、普通の医者でも口を開けて舌を抑えられるのがダメ。そこまでのレベルなので、仮に、もしも自分にボクシングの素晴らしい才能があったとしても、マウスピースを付けなければならない時点で断念せざるを得ない。あんなもの咥えられるわけがない。というか、こういうことを考えてタイプしているだけでももうけっこうヤバい。

そして、こんな感じで考えると、自分の熱中症に対する警戒心って、たぶん熱中症恐怖症なのだと思う。しかし、こうしてつらつらと羅列してみると、つくづく面倒臭え人間だな、と我ながら思わずにはいられない。んでもって、パニック発作とかデパス飲んでるとか書くと、なんだか心の病気の持ち主みたいに思われそうだけど、別にそんなことはない。まあ、ふつう。

そういえば、ぜんぜん話は変わるけれど、先日買って「気に入った」とここで書いたGUのスニーカー、あれからしばしば履いているのだけれど、一点だけどうにも気に入らない点があった。それはタンが若干短めなこと。これは、いったん履いてしまえば別に問題にならないのだけれど、この「若干短い」せいで、履くときに摘んで引っ張りにくいので、かなり履きづらい。一番上の穴まで紐を通さなければいいのかもしれないけれど、自分は伸びる靴紐に換装済みなので、きっちり一番上まで通している。そのためタンの長さが足りない。正直、なぜここで布をケチるのだ? と思った。あと一センチあれば問題ないのに。マスクの紐もそうだけれど、GUってあんがい(ユニクロもそうだけれど)どうしてここでそんなチンケなケチり方をするんだ? と言いたくなるパターンが少なくない。ただ、スニーカー全体の印象としては、依然として変わらない。ふつうに「良い」と思う。