貝になる

ある朝、起きると、口の中に変な違和感を覚えた。鏡を見ると、外から見ても、なんか唇が腫れている。しかも、やたら痛い。

で、鏡を見ながら下唇を捲ってみると、内側に大きな口内炎ができていて、原因は此奴だった。ただ、少し前にあんまんで火傷した時は唇の外側の皮が捲れてぷっくり腫れたけれど、そこまでではなかった。それでも、外から見て変に見えるくらいは膨らんでいた。もっとも、幸いこの頃はどこでもマスク必須なので、見た目は大丈夫なのだけれど。

ただ、見た目はともかく、問題はそこではなかった。ちょうど歯茎に当たるところにデカイ奴ができているので、喋ろうとすると擦れて痛い。しかも腫れた唇の肉が歯茎に引っかかる感じがあり、そのため、喋りにくいことこのうえなかった。というか、自分は普通に喋っているつもりでも、他人からは「おまへ、なんか喋り方が変やぞ」と言われる始末だった。実際、自分でもなんかアウアウアーみたいな感じがして、途轍もない違和感があった。変に庇いながら喋ろうとするため、逆にうまく呂律が回っていないというか、顎がスムーズに動いていないというか、とにかく気持ち悪い感じがあった。

なので、もう三日くらいになるけれど、貝になって過ごしている。基本的に、必要最低限のことしか他人とは喋らない。というか、喋れないというか喋りたくない。口を動かす度に口内炎が歯茎に当たって痛いし、薬を塗っているので、余計に半端なく引っかかって、うまく喋れず、自分でも顎を動かすことが億劫になってくるくらい喋りにくくて仕方ない。加えて、常に意識が下唇に向いているせいか、無意識のうちに唇を歪めながら眉間に皺を寄せていて「おまへ何か気に入らねえの?」と言われてしまう。自分でもまあ、ムスッとしてるだろうな、という自覚はあるけれど、これはどうしようもない。

しかしそうはいっても店で何か買うときは店員さんと喋らなければならない。コンビニ程度でも「お願いします」とか「支払いはPayPayで」とか「袋はいいです」とか「ありがとう」とか会話みたいなものは発生する。それでも今は、その短い単語すら発声したくない。昼飯を食べる時でも、店では注文を告げなければならず、辛い。

昼食に限らず、メシには気を使う。辛いものとか熱いものは口内炎に沁みて食べられたものではない。まあ、食べられないことはないけれども、ヒリヒリしてかなわない。この前、焼肉定食みたいなものを食ったら、食べにくくて仕方なかった。

焼肉といえば、この頃のBBQに対する風当たりの強さにはビビる。最近は流石に行かないけれど、去年の流行初期の頃は友達らとしばしば行っていた。ただ、クソ山奥の周りに家もなければ人もいないというくらいの小さな川の上流の河原まで行って、人数は多くても四、五人だった。しかし、ここまで叩かれるとなると、面倒くさいのでもう行かないけれど、あんなものが感染拡大に繋がるとは今でも思えない。ニュースになっている連中は、場所と人数がまずいと思う。街の中の公園やキャンプ場等という何組もその場に集まっているような状況で、大人数で飲みながらやって、その中に無自覚無症状の感染者が混じっていれば、拡大する可能性もありそうではあるけれど、うちらのようにド田舎の河原で、数人のBBQなら、別に問題はないような気はする。どのみち、よほどのボッチでもない限り、他人と飯を食う回数をゼロにはできない。ただ、家の庭でやっていて感染してる人達もいるみたいなので、なんともいえないし、今は世の中全体がかなりヒステリックになっているので、余計なことはしないほうがいい。

因みに酒はどれだけ悪者にしてもらっても構わない。どうせほぼほぼ下戸で基本的に飲まないので。ただ、酒飲んで気が大きくなってガハハ笑って大声で喋くりまくって唾飛ばして感染って、飛沫感染がメインルートらしいのはわからなくもないけれど、別に酒飲まなくても大声で喋っている奴はいるし、感染していない者同士ならどれだけだらしなく飲んだくれようが密室でカラオケをやろうが別に問題ないから、人心を縛るのは難しそう。