ごはん

自分の周りにいる女どもは、基本的にこちらのことを舐め腐っており、なぜなのかわからないけれど、この頃はどいつもこいつも会うと同じようなことを言う。

「あんたさ、ごはんどうすんの?」

いとこの姉ちゃんたちから腐れ縁のような女の友だち連中まで、会えばいろいろショーモナイことを喋るのだけれど、不思議なことにいつも結局最後はそういう話になって、みんな言うことが一緒。なので、こっちも適当にいつも同じようにこたえる。

「メシくらい適当に食うわ」

すると、やはりどいつもこいつも同じようなことを言ってくる。

「でもさ、あんた病気もしたし、ちゃんとしたもの食べないとダメじゃん」
「ちゃんとしたもん食うわ」
「とか言いながら自分で料理なんか絶対しないし、きほん外食じゃん、たまに家帰った時はお母さんの作ったちゃんとしたごはん食べてるかもしれんけど」
「母ちゃんのメシはタダだからな、ただ最近はもう作るのが面倒くさいとか言っとるけど」
「お母さんが病気とかになったらどうすんの?」
「べつにしょっちゅう食ってるわけじゃないし、たいして影響ないな、でも、むしろメシ以外で面倒くさいことが増えそうだから病気は困る、ていうか世間では叩きワードになってるけど実家の子供部屋って最高だろ」
「あんたの場合、子供部屋っていっても普通に世間の人にイメージされるおっさんの子供部屋じゃなくて、ただの別宅じゃんw」
そいつは実家にいた頃から来たことがあるし、出てからの今の様子も知っている。
「まあな、でも高校までずっといたから子供部屋であることには違いないし、昔はちゃんと学習机とかもあっただろ?」
「あったけどさ、今はただのホテルじゃんw お母さんもこりゃ嘆くわw」
「でもおれ、食い物に対するこだわりって全くないし、だいたい美味いもん食いたいっていうベクトルの欲望はほとんどないぞ? きほん出てきたモンを食うだけ、納豆は食わんけど」
「確かにw」
「というか、そもそも、そのうち誰かと結婚して毎日手料理食うかもしれんだろうが、失礼だな」

そう反論すると、全員が全員、まるっきり同じことをすかさず言う。

「無理無理w」

断言して続ける。

「ちょこちょこ付き合うだけならともかく、この世の中にあんたみたいなワガママな男の面倒を見てくれる女なんか絶対おらんわ」

確かにそれはそうかもしれんとは思うけれど、不思議なのは、これは何人かで一緒に会って共同戦線を張られて束になってそう言ってこられるのではなく、それぞれ個別に会っているのに、みんな基本的には同じような趣旨のことを言うところ。しかも、いとこも友だちも言うことは一緒だから、血は関係ない。いったい自分は異性からどう見られているのか、若干不安になる。そして、どいつもこいつも勝手にこう言う。

「まあ、いざとなったら、あんたのごはんくらい、あたしが作ってあげるわ」
「おれは食べる人、そっちは作る人でええか?」
そうこっちが問うと、みんなあっさりとこうこたえる。
「ええよ」
「まあおれなんかきほんハンバーグとかスパゲッティとかカレーとかオムライスとか食わせとけばいいからな」
「ほんと好みがぜんぜん成長しないというか子供だよねw お子様ランチでいいもんね、でも、もううちらたいして若くもないから塩分とかカロリーとか考えたらちょっとそろそろその路線はヤバくない?」
「おれは若いぞ?」
「見た目だけじゃんw」

で、場合によっては更に暇つぶしの話が進む。
「じゃあ、もう面倒くさいからもっと年食ったら一緒に住むか?」
「いいね」
「養ってくれ」
「ええよ、あんたのひとりくらい食べさせてあげるわ、あたし、荷物持ってくる」
「いいや、うちは狭くてお互いのプライバシーが保てないから、来られても困る、その代わり、うちの親がくたばったら家が空くから来るか? それかどっちも親たちの不動産売っぱらってそれを元手にしていっそ沖縄にでも移住するか? 」
「それ、いいかも」
「おまえんち、別荘も売っちまえよ」
そいつのうちは山の方に昔から別荘を持っている。
「いいけど、あんなボロ家、売れるのかな?」
「それは知らん、つうかうちだってもうボロいw ただ、どうせ建物なんか値段は付かん」
「勝手に売って、弟、文句言わないかな?w」
「弟なんか放っておけ、まあ何ならそっちの山小屋に転がり込んで田舎暮らしもいいけど、冬寒いしなあ」
「あそこ、雪が積もる日もあるからね」
「やっぱどうせなら温暖な南がいい、とにかく、おまえは沖縄行ったら毎日海潜ってりゃいいじゃん、おれはうちで日向ぼっこしながらアイスクリーム食って本読んでるから、世界文学全集みたいなのドカンと買ってくれ」
この時の相手は趣味でダイビングをやっている奴だったので適当に思いつきで言った。
「いいね、お互い干渉せずやりたいことやって」
「だろ? 赤瓦に石造りの壁の沖縄っぽい古民家か、米軍ハウスに住んで、そっちはメシを作り、おれは食う」
「うん、本くらいいくらでも買ってあげる」
「なんなら余り物のおまえらみんな来て、男はおれひとりのハーレムもええな、ババアばっかだけど」
「楽しそうw 毎日泡盛飲んで庭でBBQだねー」
「おれは飲まんから勝手にやってくれ」
「はいはい」
「だけどおまえらは絶対に男厳禁、おれはかわいい彼女を連れ込むかもしれんけど」
「どうぞご勝手に、どうせそんな相手は無理だから」
「ていうか、おまえ、再婚はしねえの?」
「しないしない、男はもういい」
「おれも男だけど?」
「大丈夫、あんたは男のカテゴリに入ってない」
「失礼だな、野獣と化すかもしれんのに」
「絶対化さない」
「あっそ、じゃあまあともかく、毎日のんびりやってさ、もしもおまえが寝たきりになったら、仕方ないからおれがオムツ替えてやるわ」
「こっちが替える羽目になるんじゃないのお?」
「それはわからんな、人生一寸先は闇だから、だけど、先に死ぬのは絶対におれ、これだけは譲れん、残されるのは淋しいし、そもそも棺桶の中で死んでるおまえの遺体と対面したり祭壇に飾られるおまえの遺影と対峙したりなんて、想像するだけで冷静でいられる自信がない、たぶん号泣してしまうし、デパスをボリボリ食わないと気持ちを保てそうにない、だからもしも先に死なれたら、おれは通夜も葬式も行かない、もちろん火葬場にもついて行かない、火葬場で炉に火が入る瞬間とか、火葬後の骨上げとか、親しい人のあのへんはもう絶対に体験したくない、だから絶対におれが先に死ぬ」
「そんなの当たり前じゃん、こっちが先に死んだらあんたごはんどうすんの?」
「結局メシかw」

いい歳ぶっこいてこんなアホみたいな会話が最近多い。因みに、こういう話をする女子は、これまでに一度も、そしてこれからも、いわゆる男女の仲とは無縁の相手。元カノみたいなのはひとりもいないし、罷り間違ってひとつの布団に裸で入っても何も起きない自信が双方ともある。さすがにダンナがいてこういうことを言う奴は滅多にいないけれど、ダンナがいるのに「あんたが倒れたらあたしが病院に連れて行かなしゃーないじゃん」くらいは言うので、わけがわからない。しかし、類は友を呼ぶのか、自分の周りにはなぜかバツイチとか独身が珍しくない。なかにはバツ2というツワモノもいる。ただ、これも不思議なのだけれど、みんな別にぜんぜん不細工ではない。料理もできるし、金回りも悪そうではない。むしろこっちより良さそうなのもいる。それでも、共通しているのは、どいつもこいつも気が強すぎること。だから、仲は良いのだけれど、男女の関係にはならないし、なんで男がいないんだろうな? と一瞬だけ不思議に思うけれど、すぐに、まああんなにキツくては無理だろうな、と納得できる。あと、こっちは下戸なのに、女どもはたいてい酒豪。しょっちゅう「飲み過ぎたー気持ち悪ー」とか言っている。そして男連中は自分も含めてけっこうもうタバコをやめているのに、女連中はプカプカやっていて、もうやめたら? と言っても聞きやしない。なので、むしろこの先は、こっちの命がくたばるか、あいつらの肝臓や肺がダメになるか、そのへんのチキンレースではないのか、とも思う。

全く、幸せなのか不幸せなのか、よくわからない。でもまあ、ややこしい男女の駆け引きが一切ないから、気楽といえば気楽で、最悪何かあって無一文とかになってもとりあえず誰かのところに転がり込めばメシくらいは食わせてくれそうで、変な安心感はある。