変わらないモノ

諸行無常という言葉がある通り、世の中に変わらないものはない。

とよく言われるが、実はそうでもなくね? と思うものが、ふたつほどある。もしかしたら自分の思い込みというか勘違いかもしれないけれど、おそらくずっと変わってなさそうなモノが、パッと思い浮かぶだけでも、取り敢えずふたつある。

それは、箱根の大涌谷の黒たまごの袋と京都の龍安寺の入山チケット。

大涌谷の黒たまごなんて小学生くらいの時に食べて以来ずっと縁がないけれど、ちょっと前にテレビで黒たまごをタレントが食べているのを見て、黒い玉子はもちろんだけれど、(入ってる紙袋も同じじゃないか?)と思った。厳密にはデザインとか変わっているかもしれないけれど、サイズとか紙の質感とか色とかは子供の頃の記憶の中の黒たまごと同じに見えた。

もうひとつ、龍安寺の拝観券のデザイン。これは初めて行った二十年以上前と最近とが、たぶん変わってなかった。ただ、ン十年前のチケットはもう手元にないのではっきりとは言い切れないけれど、この前行った時にチケットを手にした瞬間、(もしかして全く変わってないんじゃないか?)と思った。ま、拝観料は変わっていると思うけれど、石庭が日本画風に描かれたチケットのデザインは、なんか見覚えがあった。尤もこちらも黒たまごの紙袋同様、微妙に変わっている可能性はある。でも、雰囲気が同じだった。というか遥か昔の拝観券のデザインを覚えていた自分自身にちょっと驚くけれど、記憶って何かの拍子に仕舞い込んであるものがすっと引っ張り出されるから面白いといえば面白い。

しかしこういうものって、探せば他にもいろいろとあるような気はする。ただ五年や十年ならともかく、二十年とか三十年とか、そういうスパンになってくると、流石にそうそう簡単には見つからないかもしれないけれど、たぶん気づいてないだけで、あんがい身近にありそうな気はする。

たとえば、べつに身近でもないけれど、ダイヤモンドヘッドに登る時のチケットなんか、かなり怪しい。最近登っていないのでわからないけれど、あれもぜんぜん変わっていない感じがする。あと、東大寺の入場券。大仏殿の写真が印刷されたあの入場券のデザインも、現在のものは手元にあっても子供の頃のチケットの記憶がないのでわからないけれど、なんとなくずっと変わってなさそう。

もしかしたら、昔ながらの観光地にまつわるものにこういうパターンは珍しくないのかもしれない。というか、気に留めて探せば、なんかいくらでもありそう。