絶対にしないこと

が、ある。

それは財布を、ズボンの尻ポケットに入れたり、口の開いたバッグの外から見えるところにそのまま突っ込んだりはしないこと。

理由は、いわゆるトラウマ的なこと。というのも人生で一度だけスリに遭ったことがあるから。もうずいぶん前のことだけれど、香港の地下鉄でスリに遭った。まだ中国返還前の、香港アプローチとかいってスリリングな着陸を体験できた啓徳空港の頃に(実際に乗っていた飛行機が着陸時にゴーアラウンドしてびっくりした)、一度だけ香港へ行ったことがあり、そのときに地下鉄でスリの洗礼を受けた。ただ、そのときにスられたのは、不幸中の幸いで、財布ではなく煙草ケースだったのだけれど、口が開いている肩掛けポーチの、たぶん一番口元の方に入れていて、見事にスられた。はっきりいって全然気づかなかった。それでも地下鉄内でスられたことは確実だった。なぜなら乗る前に煙草を吸い、降りて地上に出てすぐ吸おうとしたらもうなかったから。

最初、なんで煙草ケースが消えたのかわからなかった。さんざん探しても見つからず、しばらくして、もしかしてスられたのか? と思い、それが実感として認識された時「マジかー」と呆然となった。そして改めてカバンの中を確認し、中身でなくなっているものは煙草ケースだけで、財布は無事だとわかった瞬間、ホッとした。その後、落ち着きを取り戻し、冷静に考えられるようになると、犯人は今頃ガッカリしてるんじゃないか、と思った。見た目が財布みたいな煙草ケースだったから、犯人はおそらく財布だと思って盗ったはず。だっていくらなんでもリスクとリターンを考えたら、わざわざ煙草ケースなんか盗らないだろうし。

しかし、この世に本当にスリなんているんだ、というこの時の経験が、今となってはいい教訓となり(被害は煙草ケースだけで済んだし)、以来、海外に限らずどこでもスられる可能性がありそうな人混み(たとえば初詣の神社とか)では常に警戒を怠らないようになった。だからポケットに財布は入れないし、基本的に口の閉まらないバッグは使わない。トートバッグみたいなモノを使うときは、人混みへ行かない。

でも世の中には無防備に尻ポケットに財布を差している人はいくらでもいるし、人混みでリュックを背負っている人も多い。そういう人たちを見かける度、スリとか怖くねえのかな、と思う。ま、スリ以前に「尻ポケットに財布」は、落とすのが怖いからもともとやらないけれど。

スリに対する警戒といえば、以前マンハッタン・ポーテージでバッグを買った時に店員さんとの雑談の中で「海外に行くと女の子とかここのメッセンジャーの小さいやつを結構持ってるのを見ますね」みたいな話をしたら「うちのベルクロは強力で剥がす時にバリバリ音がするから、逆にそれが何気にスリ対策になっていて人気なんですよ」と言っていて、なるほどな、と思った。